とんどに思う

おはようございます。

寒さは若干ましですが、しとしと雪が降っております。

昨日は恒例のとんど焼きをしました。

集落内の他のグループでも同様にやっているみたいで朝からあちこちでポンポンと音が鳴り響いていました。

この地へ来て10年を超えましたが、最初のころは我が家はとんどをしてなくて、やるようになったのはここ3~4年くらいのことです。

昔はどこのおうちもしていたそうですが、子どもが減ったり書初めしなくなったり様々な理由で途絶えていたようです。

わたしも妻ももとは町に住んでおりましたから、駄菓子の「とんど焼き」は知ってましたが見たこともやってこともありませんでした。

数年前に、私たちの親よりまだ少し上の世代のご近所のKさんに誘われて初めてやった次第です。

いつも事前にKさんとともに山へ竹を伐り出しに行って準備します。

当日朝は焚き付けやらなんやらを準備し、竹を組み、わらから火をつけ燃やしていきます。勢いがついてくると書初めやお正月飾りをくべ、そのうちポンポンと、たまにボン!と威勢よく竹が割れます。

子どもたちは棒を振り回し、舞い上がった燃えカスを払ったり走り回ったり。それを大人たちがほほえましく見守る姿は、なんとも平和で穏やかな光景です。

火が落ち着いてくると、餅を焼き、よもやま話をしながらほおばります。世情のことから地域のこと家庭のことまで。昔のことから最近のことまで。異文化交流の側面もあってこれもまたいい。

このグループにはある共通点があります。

私たちは移住者、KさんはUターン、もうひとかたのOさんも移住者。つまりずっとこの地で暮らしてきた人間ではないということです。

火の番をしながら、Kさんが私たちの親世代のOさんに言っていました。

「われわれの世代がやらないとこういった伝統行事は次の世代に伝わらない。そう思ってまたしようと始めたんです」と。

伝統行事をやる、やらない、はもちろん個人の自由ではありますが、一度途絶えればもうそこでおしまいです。行事に内包された知識、経験、意義、空気、などなどすべてが消えてしまいます。

ふと、このメンバーを見て、そのバトンを受け継ぐのは自分たちだと気づいてその重大さに気が付きました。あのほのぼのとした穏やかな空気感が残るのか否か、上の世代の経験などの財産が受け継がれるのか否か、自分たちにかかっているのだと。

どうも周りを見てもこのようなことに首を突っ込む同世代、年下世代が少なくなっています。他のグループは年配者ばかりみたいです。

私たちの世代以下は年配世代の知識経験を軽視しがちなのかもしれません。

わたしも町内の祭りのときは「こんな面倒なことなくなればいいのに」と思ったりもしました。どこかで誰かが受け継いでいくという思いがあったのかもしれません。

でも、自分たちの世代が受け継がなければ伝統は途絶えるのだという思いにハッと気づかされたのでした。

昔は自然と受け継がれていたものが、今は意識を持たなければなくなってしまう。そういう時代になりました。

行政や民間主導のお祭りイベントで人と交流する前に、地域の昔ながらの行事(イベント)に参加するのも大切ではないでしょうか。

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