初代窯の話

こんばんは。

今日も暑かったですね。作業をしてるとシャツがびしょびしょ。でも一昨日ワークマンで買ったシャツがなかなか快適で、張り付かないし早く乾くので不快感が少なかったです。しかも安い。

さて昨日の話の続き。この初代窯ですね。

これを作ったのは亀岡に来て2年目くらいだったでしょうか。父がせっかくこういう環境に来たのだからピザ窯でも作ったらどうかと石窯キットなるものを買ってくれたのです(注文手続きは自分でしましたが)。頼んでもないのに何かを買ってくれたことなどほとんど記憶にないことでした。

このころはまだお勤めに出ていて、畑や庭木には興味がありましたが、まだ窯やパンにはさほど興味がなかった頃です(妻はパンを時々焼いてましたが)。

この石窯キットにセットになっているものは、本体になる断熱レンガ(カット済み)と耐火レンガの大判、素焼きの煙突、ドームを作る際の型枠になるボール紙、グルーガン、レンガを連結させるための波釘などだったように記憶しています。

このキットだけでは土台もなく蓋もなく本体もむき出しなので、コンクリートブロックで土台を作り、本体の周りを赤レンガで覆い、煙突もステンレスのものをとりつけました。鉄の蓋やピールは父が溶接して作って持ってきてくれました。

わたしはセメントを練るのもブロックを積むのもレンガを積むのも初めて。道具の使い方から積み方から父に教わりながら、モルタル練るのを全部やらされながら、2人して作ったのです。

父は職業柄生活に必要なものはなんでも作るような器用な人で、趣味の山小屋なども自分で作っては遊んでいました。

ちょうど私が高校生のころからでした。父はその山小屋に毎週末ごとに通っては作業にいそしんでいました。どうもその時に息子とともに作業をしてあれこれ伝えたかったみたいなのですが、いかんせん私はと言えば思春期の上部活にも忙しくわざわざそんなところに行って土木木工作業をするような歳ではありませんでした。

成人してからは離れて暮らし、仕事や遊びで忙しく年に何度か宴会に顔を出すくらいで一緒に作業をすることがなかったものですから、父の思いにこたえられなかったことがちょっと心残りというか、気になってはいました。

ですからようやく30代になって父が老いぼれてしまう前に一緒にこういう作業をできたことがなんだかほっとしたような気分になったものです。

この窯でピザを焼き、パンを焼き、どうしてもうまくいかなくて工夫をして。そうしてなんだかおもしろくなって今こうしてパン屋になってパンを焼き、窯を作ってばかりいるという暮しになりました。父と作ったこの窯がふくくるの始まりなのです。

父は4年前他界し、そして今日この窯を解体しました。

思い入れの深い窯だけに悩みましたが、新しい窯が使いづらい位置になるということ、解体すればその材を新しい窯に転用できることから解体することにしたのです。何より、思い入れがあるだけにおそらく年々解体しづらくなると思ったからです。

全然使っていませんし(機能的に使いづらい)新しい窯ができればなおさら使えませんし、何年か先、息子か他人かわからない誰かがこの家に住むときにきっと困るでしょう。知らない誰かが壊すくらいならいっそ自分の手で解体し、新しい窯として再生させようと思ったのです。

案の定すごい量の資材です。ガラは砕いてコンクリートやモルタルに混ぜたりしてできるだけ無駄にせず新しい窯にします。

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